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日本ダービー特別寄稿 「ウオッカが教えてくれたこと」

「ウオッカが教えてくれたこと」

 その歴史的名牝との出会いは日本ダービーだった。

 競馬がなくては生きてはいけないわたしだが、オグリキャップのラストランをテレビで見た幼少期から、今までずっと変わることなく競馬を続けてきたかというとそうではない。
 2007年5月27日。わたしは東京競馬場から遥か遠く金沢の地で、携帯を片手に日本ダービー発走のその時を今か今かと待っていた。
 当時はアパレルの販売員をしていたため、土日はほとんど仕事。ゆっくり競馬を楽しむ時間もなく、たまに休憩室で流れている競馬中継を見る程度だった。
 たまたまその日は仕事が休みだった。家にテレビはなかったので、携帯のワンセグで競馬中継を食い入るように見つめていた。手のひらサイズの小さな画面の向こう、広がる東京競馬場の風景。競馬から遠ざかっていたとはいえ、日本ダービーはやはり特別なものがある。高鳴る鼓動、抑えきれない高揚感。途切れそうになっていた競馬への情熱が蘇ってくるのを感じた。


 とはいえ競馬に夢中だった頃とは違い、3歳馬情報もおぼろげな状態である。新聞も何もなく、頼れるのはテレビから流れる情報という中で注目したのは、紅一点の牝馬ウオッカだった。
 なんでも日本ダービーに挑戦する牝馬は1996年のビワハイジ以来とのこと。久しぶりの牝馬参戦とは、同じ女として血が騒ぐ。すぐに今日はウオッカを応援しようと心に決めた。
 出走前の追加情報として、ウオッカの父がタニノギムレットだということも知り、衝撃を受けた。父タニノギムレットが日本ダービーを勝利したのはついこの間のような気がしていたが、もう5年も前のことだと気付き驚愕したのだ。それと同時に、当時高校生だったわたしも社会人になり、それでも今も変わらずこうして競馬を見ていることが少し誇らしく思えた。現役時代を知っている馬の産駒が走り始めてから競馬の面白さは一気にアップする。それは人生の80%以上を競馬ファンとして過ごしてきたわたし個人の実感でもある。父と同じ勝負服で挑むウオッカからはタニノギムレットの面影が見え隠れしており、少しノスタルジックな気持ちになった。


 いよいよ発走の時が近づき、G1ファンファーレが鳴り響く。わたしは祈るようにして、泣きそうになる気持ちを堪えながら、携帯から聞こえてくるファンファーレにじっと耳を傾けていた。
 G1のスタート前は興奮と緊張でいつも泣きそうになる。それに加えて、昔馴染みの東京競馬場と、父タニノギムレットを思い出させるウオッカから感じる懐かしさに胸がいっぱいになっていた。今すぐに東京競馬場へ飛んでいけたら良いのに。そんな想いは虚しく金沢の空に消えていく。
「スタートが切られました!」
 実況アナウンサーの言葉にハッと我に返ると、18頭の優駿たちは一斉に唯一の栄光に向かって駆け出していた。


わたしはウオッカの姿を探した。しかし、携帯の小さな画面ではどんなに目を凝らしても見つけられない。おまけに電波が良くないのか映像は時折止まり、途切れ途切れにしかレースを見ることが出来なかった。頼りは実況の音声だが、こちらも不安定な状態で何を言っているのか聞き取りにくい。しかし、向こう正面に入りしばらく経ってからウオッカの名が呼ばれると緊張は一気に高まった。2枠3番のウオッカはどうやらインコース中団の位置にいるらしいということがかろうじてわかった。
 そしてあっという間にやってくる、府中の長い直線。わたしは思わず息を呑んだ。
「ウオッカ上がってきた!」
 実況のその言葉を合図としたかのように、ウオッカの一人舞台の幕は上がった。手応え抜群に上がってくるウオッカがすーっと画面の右手に消え去ると、馬群全体を映す引きの映像に切り替わる。こうなると馬たちは豆粒のようにしか見えない。しかしそんな携帯の小さな画面の中でも、ウオッカの馬体が躍動しているのがわかった。どんどん後続を引き離していくウオッカの姿。乱れた映像の中でも、ウオッカがゴールする瞬間がはっきりとわかった。3馬身差の圧勝劇。それは64年ぶりの牝馬による日本ダービー制覇の瞬間だった。


 その素晴らしい歴史的快挙にわたしの心は揺さぶられた。競馬のために何かしたい。今すぐには無理でも、競馬の素晴らしさを伝えるような活動が出来たらと考えたのだ。
 当時のわたしは、女でありながら競馬好きであることに後ろめたさを感じていた。今となっては馬鹿馬鹿しい悩みだが、周囲の反応も「競馬は男性が好むもの」だと言わんばかりで、肩身の狭い思いをしていたのだ。競馬が好きだという本当の気持ちを殺したまま生活していた。
 けれど、男ばかりの中に女一人だからと言ってそれが何なのだろう。ウオッカは大勢の牡馬たちの中にいても決して逃げなかった。それどころかむしろ牡馬たちを蹴散らすようなパワーで戦い抜いて、世代の頂点の座を勝ち取ったのだ。
 もう、競馬を好きな気持ちに嘘はつけない。つきたくない。競馬を犠牲にしなければならない生活ならば、それは本来わたしの目指している生き方ではない。大袈裟かもしれないが、ウオッカの日本ダービー制覇でわたしが気付いたことだった。


 それから2年後の2009年11月29日。わたしは東京競馬場でジャパンカップ発走のその時を今か今かと待っていた。
 東京へ帰ってきてすっかり元の競馬ファンに戻り、毎日競馬のことを考えて暮らす日々。この日々があるのも、あの日本ダービーでのウオッカの勝利を目撃したからだ。
 わたしもウオッカのように強い女性でありたい。周囲が男性ばかりだったとしても「それがどうしたの?」と涼しい顔をして、共に戦いたい。
 ウオッカが教えてくれたことを胸に、わたしは競馬とともに生きることを決めたのだ。
 
 ファンファーレが東京競馬場に響き渡るのを肌で感じる。最後の直線、あの時小さな画面の中でしか見られなかったウオッカの末脚が光る。そして迫るオウケンブルースリをハナ差しのぎ、ウオッカは見事ジャパンカップを制してみせた。
 はじめて目の当たりにするウオッカの強さは本物で、それを見た瞬間にようやく自分の居るべき場所へ帰ってこれた気がした。わたしは歓声に満ちた東京競馬場で、今日この日も競馬ファンでいられることを心から幸せに思った。

笠原小百合 

笠原小百合(かさはらさゆり)
シンボリルドルフ三冠の年に生まれる。
競馬好きの父を持ち、オグリキャップのラストランを見て競馬好きに。
現在は大好きなステイゴールド産駒を追いかける日々。
競馬の素晴らしさを伝えたい!という想いでライターとして活動中。
競馬ブログ「ウマフリだより」責任者。
Twitter @sayuspi_keiba

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