4月9日桜花賞観戦記 於 阪神競馬場

 大学生のころ一度、競馬ファンの友人とその両親に招待されて、東京競馬場の来賓席(ダービールーム)で安田記念を観戦したことがある。当時私は既に競馬好きを自称するくらいには競馬に触れていたのだが、そのときはまだ専門紙記者を目指そうと明確には考えていなかったから、純粋に娯楽として競馬を見に行ったのだった。

 ダービールームでは、平凡至極の一般的大学生には未知としか言いようがない高貴な雰囲気が、着慣れないスーツを更に動きにくいものにしていたのだが、本馬場側に突き出したテラス席に出、眼下に広がるターフ全体を目にした途端、私は全身で受け止めきれないほどの開放感に貫かれた。4角終わりくらいの客席の前、外ラチとの間の一部に敷かれた芝の上に座ってレースを見るいつもの観戦スタイルとは見える景色がまるで違ったし、脚色なしに、新しい世界を目の当たりにした気持ちだった。完全に雰囲気に呑まれ、態度と賭け金だけ貴族ぶって(もちろん一般的大学生のできる範囲内であるが)、16時半過ぎにはいつも以上に財布が薄くなっていたことを除けば、とても貴重で充実した経験だった。

 後日、本当のお金持ちはウンウン唸って3連複フォーメーションを組んだりせず、複勝一点に何十万も何百万もポンと突っ込むのだということを知ったが、たぶんその世界を見ることは一生ないのだろうと思う。

 さて、先日の桜花賞当日、やはりどうも着慣れないスーツに身を包み、阪神競馬場、専門紙記者室のテラス席からターフを見下ろしたところで、上記のことを思い出したのだった。見える景色は似ていても、以前とは異なるものばかりだ。

 まず、着慣れないスーツ(着慣れるときが来るのだろうか)を更に動きにくくしているものは、仕事場に漂う緊張感である。失礼を承知で言うと、各紙精鋭記者たちが集う部屋に高貴な感じは一切ない。ただ、口々に競馬に関するジョークを飛ばし合いながらも、真剣に仕事に向き合っている人たちから発せられる独特の緊張感が、部屋から消えることは無かった。この緊張感に溶け込めるようになることは、私のひとつの目標である。

 そして、当然のことだが、私自身の立場も違う。あの時は眼下で繰り広げられるレースを純粋に楽しんでいればよかったが、新人ながら専門紙の記者として仕事で来ている以上、以前とは異なる目的が存在する。それは近いうち、具体的な業務として現れてくるだろうが、研修中の身にあっては、まずは何より勉強である。先輩方がレース毎にどのような動きをしているのかを観察し、どのような話が交わされているか耳を傾けること。パドック映像に目を通し状態や馬具をメモし、本馬場入場が始まれば返し馬をチェックするためにテラス席へ出、レースが終わる毎にビデオをポイントポイントで繰り返し見て、出遅れた馬や道中不利があった馬などを確認する。他にも騎手への取材、メディア出演の仕事をほんの一部ながら見ることができた。道営ではまた勝手が違うことも多いだろうが、中央での仕事を知っておくことは少なからず役に立つだろう。

 もちろん、以前と変わらないこともある。まず、スーツが着慣れないこと。もういっそいつまでも着慣れない方がいいのではないかと思うくらいだ。そして、もう何度言ったかわからないし何度聞いたかわからないが、競馬は難しいということ。桜花賞では圧倒的一番人気に支持されたソウルスターリングが伸びを欠いて3着に敗れたし、ダービールームで観戦した安田記念も、同じように断然支持を受けたモーリスが、ロゴタイプに逃げ切りを許し2着に負けた。

 どこで開催されているにせよ、それが競馬であるならば、やっぱり競馬は難しいのだ。今までは趣味のひとつであった競馬を、仕事として扱うようになっても、それは変わらない。私がこれから向かう門別の地でも競馬は難しいだろう。でも、難しいからこそ競馬は面白い。

板垣祐介(2017年入社)